台湾・香港の人気サイト「ラーチーゴー!」運営の背景に、インバウンド集客の秘訣を探る
リスキーな上海での起業を諦め、台湾へ
山岸 - 御社では台湾と香港に特化した「樂吃購!日本」(以下、「ラーチーゴー!」)というサイトを運営されていますね。
吉田 - 「ラーチーゴー!」は、日本に来たい台湾人・香港人に旅前や旅中に読んでもらうwebメディアです。2012年に完成したのですが、実はその前にまずFacebookページを立ち上げて、半年間ほどユーザーと交流し、どんな情報が欲しいかリサーチしました。
山岸 - Facebookが先だったとは、ユニークですね。アジアにも色んな国がありますが、なぜ台湾を選んだのでしょうか。
吉田 - 実は、台湾が大好きで「ここだ!!」と選んだわけではないんです。色んな角度から見て、「ここしかない」と消去法で選んだと言うか。
最初は上海で起業しようと思って、会社を辞めて起業準備を始めました。でも上海は法律がすぐに変わるとか、偽物が本物よりも売れるとか、知れば知るほどリスキーなことが分かってきて。それで、僕は当時27歳だったのですが、「こんなところで日本人の若造が一人でやっていける訳がない」と感じるようになりました。
その矢先、上海で反日デモが起きて、僕が知っている日本人の店は全部つぶされて……。そんな時、ちょっと目線を変えたら台湾というまったく違う市場があることに気付いたのです。誰に対してもまったくフェアで、反日デモが起こることはまずありえないし、「台湾でなら勝負できるかも」と。
山岸 - 吉田さんは、もともと放送業界のご出身なんですよね。
吉田 - はい。新卒で朝日放送に入社しました。朝日放送は全民放100数十局の中で唯一、台北に支局を持っていて、その関係で僕がいた時から台湾の放送局とは個人的につながりがあって。僕は中国語ができるので、現地のスタッフと飲みに行ったり遊んだりしていたこともあり、上海での起業に失敗して失意の中に居る時、「それなら台湾においでよ」と言ってもらったことも台湾という市場を選ぶきっかけになりました。
山岸 - 「ラーチーゴー!」のFacebookについて、数値的なところを少し教えていただけますか。
吉田 - 現在(2017年4月)、ファン数は約57万人で、そのうち台湾人が約8割、香港人が残りの約2割という割合になっています。香港人は広東語、台湾人は北京語なのですが、文字にするとほとんど変わらないので、台湾の書籍を香港の書店で普通に売っているくらいなんですよ。なので、まったくプロモーションしていないのに香港人の読者も自然と増えてきて。
山岸 - それはいいですね。
吉田 - アクセス数は、1カ月のユニークユーザー数が約80万人。台湾と香港を合わせても人口は3000万人くらいなので、日本の1/4くらいの市場ですね。
山岸 - それほど多くのユーザーに受け入れられた理由は、どんなところにあると思いますか?
吉田 - 事業を始めてからこれまで約5年の間に、いわゆるインバウンドメディアが雨後の竹の子のようにたくさんできました。その多くが、中国語、韓国語、タイ語、英語、などに翻訳して多言語で展開している中、「ラーチーゴー!」はすべて現地のライターが企画から執筆まで手掛けており、多言語展開はしていないんです。だから現地の人に“刺さる”のではないでしょうか。
僕は、「外国人」をひとくくりにするなんて、こんなアホなマーケティングはないと思っていまして。欧米系とアジア系でもまったく違いますし、台湾人と中国人でさえ行きたい場所も買いたい物も違うのに、「外国人に人気のスポットランキング」なんて記事を書いても意味がない。
山岸 - そうですね。
吉田 - その点、「ラーチーゴー!」のコンテンツはゼロから台湾人が作るので、内容は現地目線です。いわゆるプロダクトアウトではなくてマーケットイン。例えば、「ラーチーゴー!」の京都版にアクセスランキングが付いているんですけど、1位は今、“業務用スーパー”の記事ですよ。台湾人はお土産にお菓子を配りたいから、お菓子をガバッと買えるところが知りたい。だから「業務用」がウケたんですね。
山岸 - 寺社仏閣とか老舗料亭とかではなくて、業務用(笑)!
吉田 - で、今週の週間1位は“バイク用品店”です。台湾ではバイクはとても身近で、日本のバイク用品について知りたいという潜在的なニーズがあった。それを掘り起したわけですね。業務用スーパーもバイク用品も、日本人のプロダクトアウト的発想では出てこない。
山岸 - 確かに。ほかにも「予想外にウケた」という記事はありますか?
吉田 - 2年くらい前に、山梨県の清里を取り上げたんです。当時は僕も編集会議に入っていたので、企画したライターに「何が面白いの」と聞いたら、「ここは星がキレイなんですよ」と。「星なんて台湾でも見れるじゃん」と思っていたら、それが大当たりしまして。スマホでうちのサイトを見ながら来る海外旅行者が激増したために、役場から問い合わせの電話がかかってきたほどです。
山岸 - 「ラーチーゴー!」のコンテンツは、切り口が他のサイトとは根本的に違うんですね。やはりそこが魅力なのでしょう。
webとの連動したカフェもオープン
山岸 - そう言えば、現地でカフェもやっているとか。どんなお店なんですか?
吉田 - webとの連動をコンセプトにした「MiCHi cafe」(ミチカフェ)と言う店で、日本でいう表参道のようなイメージの場所にあります。地価がめちゃくちゃ高いので、店単体では赤字なんですが、ブランディングのために必要な存在です。
山岸 - 日本のアンテナショップという位置づけだそうですね。カフェとしてお茶を飲んだりも?
吉田 - もちろんできます。毎週1800人くらいは来店がありますね。
毎週イベントをやっているんですけど、日本の自治体とコラボすることが多くて。例えば「岩手ウィーク」というのを去年やったんですけど、スタッフが全員「あまちゃん」の格好をして、まめぶ汁を出して、壁面のビジョンで岩手の映像を流したりして。来店者に岩手についてどんなことが知りたいかアンケートを取って、今後のプロモーションに役立ててもらったりもしています。「ゆるキャラグランプリ」や、僕が講師になって「日本酒セミナー」なんかもやっています。
山岸 - 吉田さんご自身も現地で有名だそうですね!
吉田 - やっぱりFacebookのファン数が60万人近くいるので、時々は声をかけてもらったりもしますね。「顔を知ってるよ」とか、「ああ、吉田さんだ!」という感じで(笑)。
台湾人の約20%が来日!マニアックな旅行のニーズが増えている
山岸 - 近年、台湾から日本への旅行客が急増していますが実感はありますか?
吉田 - 僕が会社を作った頃は月間の訪日台湾人数は8万人くらいでしたが、今は4倍以上の約35万人。だからもう本当に実感していますね、飛行機のチケットも取りにくくなりましたよ。台湾行の機内はもう、台湾人ばっかりと言う状態です。
これほど増えた要因は2つあって、1つは2011年に日本と中国の間でオープンスカイ協定が締結して、航空会社が自由に便数を決められるようになったこと。そこから一気に増えました。
もう1つはLCCの爆増によって、今まで気軽に来日できなかった層が来るようになったこと。特に20代・30代の、「ラーチーゴー!」が一番得意としている層が激増しました。日本旅行がカジュアルになったんですね。
山岸 - なるほど。10代も結構いたりしますか?
吉田 - 年齢層は幅広くて、去年(2016年)1年間に来日した外国人は約400万人いるんですが、台湾の人口は2300万人なので、人口の約2割が日本に来ている。
山岸 - スゴイですね。
吉田 - 来過ぎというくらい来ていますね。例えは中国からは去年は約600万人来ましたが、人口が約13億なので0.5%くらいなんです。それに対して台湾は全人口の20%が来ています。でも先ほど「外国人でひとくくりにするな」と言いましたけど、台湾人もひとくくりにはできない。家族なのかカップルなのか友達なのか、エコノミーとビジネスクラスで来る人も全然違いますし。
山岸 - 新規もあればリピーターも。
吉田 - リピーターが8割ですね。
山岸 - そうするとやっぱり、定期的に広告や記事を出して社名や商品名を覚えてもらうというのが、当たり前だけど大事なんですね。そして何度もリピートする人ほど、ありきたりの情報には飽きてしまっているんでしょうね。例えば京都でお寺紹介というのは、リピーターの人からすると「それはもういいよ」と。
吉田 - 定番ものには飽きてしまって、「浅草・新宿ももう知っているし、宇都宮に行こうか」とか、マニアックな旅行がどんどん増えています。そうしたニーズをカバーするのが凄く大変ですね。
海外旅行者の興味は「モノ」から「コト」へ変化している
山岸 - 歌舞伎町に「侍ミュージアム」というのがあるんです。私もたまたま海外から来た友人から聞いて知ったのですが、極端な話、海外の人のほうがマニアックなスポットを知っていたりするんですよね、私たち日本人よりも。歌舞伎町と言うと日本人にしてみると飲みに行く場所ですけど、海外の人は私たち日本人とは視点が違う。
吉田 - アジアは、いわゆるパワーマーケティングが通用しないんですよね。新聞や雑誌にたくさん広告を出すとか、テレビやラジオでガンガンCMを流すとか、いわゆる日本の従来型のプロモーションマーケティングが全然効かない。
山岸 - そうですね。最近は旅行者の興味が「欲しい(モノ)」から「したい(コト)」に変化しているとよく聞くのですが、台湾からの旅行者にも何か変化は感じていますか。
吉田 - マニアックになっているというのは確かにありますが、体験というとやっぱり雪が人気ですね。台湾には雪が降らないので。
山岸 - スキー客も多いですか。
吉田 - はい。ただ、滑れないので、スポーツ雪かきとか雪かき体験みたいなものがスゴイ人気なんです。あとマラソンですね。台湾は今、マラソンやトライアスロンが流行っているので。あとは自転車のツーリングなど、体を動かす系はここ数年でぐっと来ていますよ。
山岸 - いわゆる「モノ」から「コト」の変化は出てきていると。
吉田 - そうですね。台湾人はもともと爆買いはしませんでしたが、いろいろな体験をしたいというニーズは増えてきていると思います。
需給をマッチさせるため、オーダーメードで対応
山岸 - 実際いろいろな企業さんが「ラーチーゴー!」を活用していると思いますが、どんなクライアントからの相談が多いのでしょうか。
吉田 - 業種には特に偏りはありませんが、それぞれ課題が違うのでオーダーメードで対応しています。例えば飲食店だったら、傾向としてですが、人気店ほど「うちは日本人で一杯だから、インバウンドはいいや」となるんです。でも台湾人のニーズからしたら当然、日本人に人気がある店に行きたいじゃないですか。
山岸 - そうですね。
吉田 - そうなると需給がマッチしないんですよね。そこでどうしたかというと、昨年、飲食店に深くかかわっているビール会社とコラボしたんです。サントリーさんと組んで、サントリーさんのビールが入っている飲食店の中で、台湾人が満足しそうな店だけを紹介するという、ビール会社さんのパブリシティ的なことをやった。時代に逆行して紙でグルメガイドブックみたいなものも3000部刷って、売り切りました。
山岸 - スゴイですね!
吉田 - ただこれは、少しの間ですが事務所内が本の在庫だらけになるので、もうやめようという話になっています(笑)。
インバウンドで潤っていない地方を盛り上げるために
山岸 - ぜひ聞きたいことがありまして。都市部と地方の企業さんで、インバウンドに対する熱感は違いますか?
吉田 - そこなんですよ。「ラーチーゴー!」ではクーポンや広告掲載の売り上げもかなりあるんですが、ほとんどが東京・大阪・北海道・沖縄みたいな、インバウンドで潤っているところの企業さんがプロモーションに活用しているんですよね。しかし地方の、例えば東北などは、そもそも外国人旅行者がほとんど来ないので、事業所さんやレストランなどに「インバウンド向けにプロモーションしませんか」と言っても、「外国人なんて来ないし」と断られてしまいます。実際に去年、東北を訪れた外国人は、全体の1%しかいないんですよね。
山岸 - そんなに少ないんですか! それって、よく言う「タマゴとニワトリ」の話みたいなもので、広告を出さないから来ないと言うこともありますよね。でも、確かに今は来ていなくても、これから日本は人口が減っていくわけですから……。
吉田 - おっしゃる通りです。
山岸 - やっぱり海外の方の受け入れって、言葉もそうですけど、ちょっとずつ慣れるって大事じゃないですか。
吉田 - ですからうちは、東北限定で、無料でクーポン券を制作・翻訳・年間掲載して、一緒に目標を追求しませんかというキャンペーンを始めました。
山岸 - なるほど。
ドラッグストアは“鉄板”、お菓子・文房具・雑貨も人気
山岸 - ここまでにご紹介いただいた「ウケた記事」以外にも、具体的な成功事例はありますか。
吉田 - もちろんありますよ。例えばドラッグストアは“鉄板”で、クーポンの戻りが半端なく良いんです。スマホの画面に表示したクーポンを見せるタイプですが、プリントアウトしたものを持って来る人も多いようです。
山岸 - 旅程を決める段階から、来店してクーポンを使う気満々ということですね。
吉田 - うちは年間掲載が基本なのですが、とあるドラックストアさんは「年間でこのくらいの反響がほしい」という目標値を設けていたところ、1カ月でクリアしてしまいました。ほかにも、お菓子屋さん、文房具、雑貨なども台湾人に人気なので、成果が出やすいです。
山岸 - 日本の文房具は人気があるようですけど、台湾でも人気なんですね。
吉田 - めちゃくちゃ人気です。品質はもちろん、デザインが可愛いと。
逆にどうやっても成果が出せなかったのが、大手居酒屋チェーンさんのクーポンですね。日本人のお客さんが減っているのでインバウンドに力を入れたいようなのですが、海外旅行者も「せっかく来たからには日本人に人気の店に行きたい」という人が多くて。
山岸 - それは確かにそうですね。数回しかないディナーの機会に失敗したくないと。“食”って、「あの時食べられなかった」とか、長い間覚えていますからね。
「日本国内にとどまるなんて、もったいない!」
山岸 - これから、台湾・香港を含めて海外進出やインバウンドにチャレンジしたいと考えている人たちに向けて、コメントをお願いします。
吉田 - まず、「何度も現地視察をしても海外進出のリスクは減らないし、日本にとどまることの方が圧倒的にリスクが高い」と言いたいですね。
僕がもともと勤めていた朝日放送は、常に年収ランキング上位3位くらいに入る安定した企業でしたが、なぜ辞めたかというとそこにリスクを感じたからです。退職した当時は27歳でしたが、少子高齢化によって日本国内の経済規模が縮小していくことは分かっていて、その先30年以上働く間に成長することはまずないと思ったんです。何度も言うようですが、日本国内にとどまるリスクはとても大きいと思います。
山岸 - そうですよね。海外に出るということは、バック転することと似ている気がするんです。思いっきり背中を伸ばせば飛べるけれど、怖がって伸ばせないまま飛ぶと頭から地面に落ちてしまう。怖がらずに一歩踏み出せば、大変なことばかりではなくて、いろんな国の人と話せたり楽しいこともたくさんあります。日本の少子高齢化による経済規模縮小はこれから必ず起こることで、何百年先のことではないですから、今出たほうが良いと思うんですよね。
吉田 - おっしゃる通りで、日本はこれから150年前の明治維新以来経験したことのない、人口減少という時代に入ります。企業の終身雇用や国の社会保障制度など、今ある日本の制度はすべて人口が増えることを前提に作られていますから、これから日本国内で実際に何が起こるのか、私たちは誰も経験したことがない。そんな日本国内にとどまることがどれだけ大きなリスクになるかは、計り知れません。しかし外に目を向ければ、アジアなどどんどん成長している国はたくさんある。日本国内にこもってしまうのは、もったいないことだと言いたいですね。
これから作りたい2つの媒体と、企業理念
山岸 - 今後、御社がやっていきたいことがあればぜひシェアをお願いします。
吉田 - 2つありまして、1つは富裕層向けの媒体を作ること。「ラーチーゴー!」は、ビジネスクラスかLCCかで言えばLCC向けに作っているものなので、使う人数は多くても消費量は多くない。ビジネスクラスを使う層は、例えば日本で不動産を買いたいとか、国賓級の人たちが食べに行くような高級寿司店に行きたいとか、全く別のニーズを持っていますから、そうした方々に向けた媒体ですね。
そしてもう1つ、台湾・香港の若いビジネスパーソンが読めるような経済系の新しい媒体を作りたいと考えています。「日本ではこんなベンチャーが話題になっている」とか、「ウーバーが禁止になった台湾で、ウーバーとは違ったベンチャーが台頭している」とか、そういうことを知りたいビジネスパーソンは多いと思うので。
山岸 - どちらも興味深いですね。では、社会に対してはどんな影響を与えていきたいですか。
吉田 - 弊社の企業理念は「メディアを通じて台湾と日本の健全な発展に寄与する」というもの。日本と台湾は国交がないので、当然、台湾には大使館がありません。ですから我々民間企業が、日本と台湾の発展のためにいろいろとやっていかなければならないと思っています。
山岸 - 私は台湾へは1度しか行ったことがありませんが、海外の人をあたたかく迎え入れてくれる文化が台湾にはあると感じました。
吉田 - 僕はよく台湾でタクシーを利用しますが、運転士さんは僕が日本人だと分かった途端、ラジオを演歌に変えてくれたり、演歌を歌ってくれたりしますよ(笑)。
山岸 - それは……(笑)。そんな台湾事情に精通した吉田さんが立ち上げた「ラーチーゴー!」は、台湾や香港へ進出するためにぜひ検討したいメディアです。弊社は「ラーチーゴー!」の代理店になっていますので、興味があれば弊社まで気軽にお問い合わせいただきたいですね。吉田さん、本日はありがとうございました!