東南アジア語に特化したからこそ見えた、“100年企業”への道
29歳のとき、バンコクで日本語の中古書店をオープン
山岸 - 今回は、東南アジアにかかわる新事業を次々と生み出している「ゴーウェル」の松田社長にお話を伺っていきます。最初に、「ゴーウェル」を立ち上げるまでの経緯をお聞かせいただけますか。もともとはタイで起業されたとお聞きしていますが。
松田 - はい。私は熊本出身で、今でこそ“海外ビジネスの専門家”として色んなメディアに出ていますが、実は高校を卒業するまで修学旅行以外には九州からも出たことがないほどドメスティックな人間だったんです。それでも学生の頃から部屋の中で地球儀を回しつつ、「20代のうちに海外で起業してやる!」と根拠のない期限を決めていました。もちろん、海外へは1度も行ったことがなかったのですが(笑)。
山岸 - それはなかなか思い切った将来設計でしたね(笑)。
松田 - それでも大学卒業後は大手旅行会社の「JTB」に入って、たまたま地元の熊本支店に配属され、3年半で50カ国くらい回らせていただきました。
山岸 - 3年半で50カ国というと、ほとんど海外にいる感じですよね。
松田 - 営業兼添乗員として、ひと月の間に2回は海外に出張していましたね。行政関係のVIPや企業の社長さん、議員さんなどを海外に連れて行く仕事でした。そうして世界中を回った中で、「人生をかけて勝負したい」と感じたのが東南アジアだったんです。それで26歳の時に「JTB」を退職し、タイに渡りました。
山岸 - 会社に残って現地への転勤を希望したりはされなかったんですね。
松田 - いつになるか分からない転勤のチャンスを待つよりも、若いうちに自らの手で人生を切り拓きたくて。辞めた翌週には「JTB」のタイ支店に現地採用社員として再入社し、実績を積んで支店長を2年間務めた後、独立しました。それが29歳の時で、ちょうど自分が熊本の田舎にいた頃に決めた起業の期限の年だったんです。わずかな自己資金と借入金400万円を元手に、バンコクの中心駅・プロムポン駅構内に日本語の中古書店「BOOK OF WORLD」(ブック オブ ワールド)をオープンしたのが最初の起業でしたね。
4年で1日2,000人が来店する繁盛店に成長
山岸 - なぜタイで日本語の中古本を売ろうと考えたのでしょうか。ほかにも色んなビジネスがある中で……。
松田 - バンコクにはスクムビットと呼ばれる2km四方くらいの小さなエリアがあって、そこに日本人の駐在員が4万人~5万人も住んでいるんです。経験上、海外経験が長くなると活字に飢えてきて、「インターネットもいいけれど本も読みたい」というニーズが高まることは分かっていました。エリアが小さいので買い取りもしやすいですし。
山岸 - なるほど。お店には日本人以外のお客さんもたくさん来店されましたか?
松田 - もちろんです。現地で日本語を勉強しているタイ人もターゲットでしたので。当時、現地の紀伊国屋書店では日本語の新刊本が日本国内の3倍くらいの価格で売られていたので、それを中古とはいえ低価格で売ることで、日本語を勉強するタイ人をもっと増やしたいという思いもありました。
山岸 - そうだったんですね。本は日本からも仕入れていたんですか?
松田 - 最初だけ日本から仕入れて、それ以降は現地買い取りだけで成り立っていましたね。4年ほど経営して1日に2,000人が来店するほどの繁盛店に育て上げたところで、投資家に売却しました。その後、日本に帰国して「ゴーウェル」を立ち上げたのです。
アジアの高度人材が集まる「ゴーウェル」の人材事業
山岸 - 「ゴーウェル」の事業概要についてお聞かせください。
松田 - 事業は大きく3つあり、1つめは東南アジア語に特化した翻訳・通訳事業です。2018年6月現在、850人ほどの翻訳・通訳者が登録していまして、クライアント企業は4,000社を超えるくらいです。2つめの事業としては、銀座で東南アジア語のスクールをやっています。講師はすべて東南アジア人で、生徒はこれから現地に赴任する人、または海外進出をしようとする企業の社長さんなどで、全体で1,100人ほど入学されています。3つめの事業は昨年立ち上げたばかりの新規事業ですが、アジア人に特化した人材紹介を行っています。日本中で人材不足が叫ばれている昨今ですが、アジア人に特化した高度人材を扱っている人材業者は弊社のほかにないと思います。サービスをクランクインしてからまだ半年ほどですが、今も毎日面接を行っている状況で、これまでに約1,500人の面接が済んでいます。これら3つの事業がすべてアジアに関連しているわけです。
山岸 - 確かに、外国人の中でもアジアの優秀な人材ばかりが集まっているところは御社のほかにないでしょうね。登録されているのは日本にいる人たちですか?
松田 - 半数以上が日本在住ですね。
東南アジアの言語に特化していることが最大の強み
山岸 - 翻訳を手掛ける会社が日本中にたくさんある中、御社の強みはどんなところでしょうか。
松田 - やはり、東南アジアの言語に特化しているところですね。具体的には、タイ、ベトナム、インドネシア、ミャンマーなどです。翻訳・通訳会社は日本国内に大小あわせて2500社くらいあるそうですが、その多くが母数の大きい英語圏や中国語圏をターゲットにしているんです。
山岸 - 御社の翻訳・通訳はどんなジャンルに対応しているのでしょうか。
松田 - 文献やウェブサイトなど、さまざまなものに対応しています。東南アジア特有のものでいえば、日本のメーカーの工場がたくさん進出していますので、現地の支店と日本とのやりとりや商談にともなう通訳、技術的なマニュアルや工場内の仕様書などの翻訳もとても多いですね。また工場で働く人の数も1,000人、1万人という大人数が普通なので、人が行き来したり指導したりするとそこでまた通訳が必要になってきます。
山岸 - なるほど。
松田 - 最近は訪日インバウンド向けのウェブサイトの翻訳の需要もものすごく増えていますよ。
山岸 - 増えていますよね。ところで翻訳の部分でお客様からニュアンス的な要求をされることがありますよね。「文章としては正しいけど、もう少し工夫してほしい」とか、コピーライティング的な要求だったりすることも……。そんなとき、御社ではどんな対応をされていますか?
松田 - 例えば、メーカーさんのサイトなら専門用語を駆使して直訳しなければならないこともたくさんありますが、観光サイトなら原文の一語一語にはこだわらず全体から魅力が伝わるように意訳したりします。お客様にあらかじめ仕上がりの“さじ加減”をお聞きしておくことが大切ですね。
山岸 - お客様によって、翻訳なのか意訳なのかを決めていくわけですね。
松田 - はい。小売店も翻訳ニーズが高いのですが、直訳するだけではまったく商品の魅力を伝えることができないので、やはり意訳をしますよ。
口コミで優秀な通訳・翻訳者が殺到!
山岸 - 海外の優秀な翻訳者はどのように採用しているんですか?
松田 - 詳しいリクルーティングの方法は企業秘密ですが(笑)、SNSや、タイなら現地で本屋をしていた頃のつながりで採用することもあります。重要なのは、「登録した後にちゃんと仕事がある」ということだと思うんですよ。
山岸 - 「クラウドソーシングは登録しても仕事がまったくない」という話は、よく聞きますよね。
松田 - そうなんです。でも弊社は、東南アジアに特化したことによってその国だけの仕事がたくさん発生するので、それを登録者にたくさん提供することができます。逆に言うと、弊社以外の業者さんには、東南アジア関連の翻訳・通訳の仕事はほとんどない状態なんです。そこはお客様には分からない部分ですが、登録されている翻訳・通訳者にははっきりと分かってしまうんですよね。それで「『ゴーウェル』には仕事がたくさんある」という口コミが広まり、おかげ様で優秀な通訳・翻訳者が殺到しているんです。
山岸 - なるほど、つながりがつながりを生んでいるんですね。それでは今後、東南アジアはどの国の言語ニーズが増えてきそうでしょうか。個人的にはタイ語は確度が高そうかなと思っていますが。
松田 - タイ語も増えていると思いますが、着実に増えてきているのはベトナム語ですね。
山岸 - ベトナムは今、日本企業の進出もけっこう増えていますよね。
松田 - もの凄く増えています。そして何といっても、ベトナムは人の移動がとても増えているんですよ。特に日本への海外留学生が増えていて、すでに中国人よりも多くなっています。
山岸 - そうなんですね。
松田 - 日本に留学してくるということは、卒業後に日本で仕事したいんですよね。留学生たちが日本国内で大量に就職すると、これまで外国人に興味のなかった日本国内の企業が必然的にベトナム人を採用するようになってくる。するとベトナム語の翻訳の需要が増えるのはもちろんですが、根本的なところで日本人もベトナム語を勉強しなければならなくなるわけです。
山岸 - そうですよね。
松田 - そうした流れで、弊社の東南アジア語のスクールでもベトナム語を学ぶ生徒さんが増えていますし、人材事業としてもベトナム人を採用したい企業さんが増えているところです。
国ごとにカスタマイズすれば、ビジネスの成功確率は高まる
山岸 - 海外進出というとまず“言語の壁”を気にする人が多いものですよね。でも世界は広くて、“言語の壁”なんて気にならないくらいチャンスも多いものだと私自身は感じています。そこで、これから海外進出をしようとしている人や、または「海外に出てみたけれどうまくいかない」と悩んでいる人に向けて、背中を押してあげられるようなコメントをいただけますか。
松田 - 私もこれまで何度も事業に失敗してきましたが(笑)、その経験から、アジアに進出するにあたって分かったことがあるんです。それは「日本のサービスや仕組みをアジアに持って行くと成功しやすいけれど、何もカスタマイズしなければ失敗する可能性が高い」ということです。やはり国ごとに文化や国民性、行動姿勢などが違うので、そこに合わせてカスタマイズしなければうまくいかないんですね。でもどうしても、日本人は「日本以外の国の人」を「外国人」とひとくくりにして見てしまったり、国ごとではなく「アジア人」、「東南アジア人」などと見てしまったりする人が多い。でも、国によってぜんぜん違うということを認識し、しっかりとマーケティングしてから進出することをオススメします。そうすることでグッとビジネスが成功する確率が高まると思うんです。
山岸 - それはありますね。
松田 - 私はタイで8年間暮らしていましたが、まったくマーケティングをしないで現地に来る人が本当に多いと感じていました。
山岸 - それは私も聞いたことがあります。
松田 - 例えば商品やサービスについてだけでなく、人事制度や就業規則、休憩時間の過ごし方、お昼ご飯を食べる場所など、すべてが日本とは違う。そこを理解してあげるだけでもモチベーションが上がったりします。例え商品があまり現地にマッチしていなかったとしても、社員のモチベーションが高ければヒットすることがあるほどなんですよ。
通訳・翻訳をベースに、企業の困りごとをすべて解決
山岸 - 「ゴーウェル」さんはほかの翻訳・通訳会社とは一線を画した会社だと思うのですが、特に違うのはどういったところだと思われますか。
松田 - 一般的な通訳・翻訳の仕事は拘束時間や文字数などで対応するのですが、弊社ではクライアント企業がどんな仕事をしているかまで理解した上で、通訳・翻訳をベースにクライアント企業の困りごとをすべて解決していきます。日本人社員のタイ語やベトナム語の勉強をサポートしたり、アジア人の人材が必要なら紹介したり。海外進出でMAをする際には現地でデューデリジェンス(対象企業や不動産・金融商品などの資産の調査)もしますし、現地でプロモーションが必要なら現地のテレビ会社や雑誌を連れてきたりと、色んなことをやっていますよ。
山岸 - そこまで対応していただけるとは心強いですね。
松田 - 翻訳・通訳はあくまでも切り口の1つなんです。そこからクライアント企業が事業を拡大し、海外進出のリスクヘッジができるようにサービスを提供するのが弊社の仕事だと思っています。もしどうしてもできないことがあれば、士業の方々や御社のようにウェブマーケティングが得意な企業さんの助けを借りたりもしています。
山岸 - 弊社も海外向けのデジタルマーケティングに特化して、御社と同じようにクライアント企業の海外進出の課題を少しでも楽にしようという考えでやっていますね。私たちが日本企業の活躍を支援することで日本企業の売上がUPし、ひいては日本という国がアジアの国々を支援することにもつながるのではないでしょうか。
東南アジア語の翻訳・通訳No.1から、100年続く人材会社へ
山岸 - 最後に、御社の今後の展望やビジョンを教えてください。
松田 - 弊社は「日本とアジアをつないで人々を幸せに」という経営理念を掲げておりまして、すべてはそこにあります。東南アジア語の翻訳・通訳については日本でナンバーワンを取ってベースができ上がってきましたので、今後は外国人の人材事業にシフトしていきたいですね。私自身も現在は人材事業に全力を注いでいるところです。これからの日本の流れとして、外国人を採用するのが当たり前になるはずですから。御社のスタッフも外国の人が多いですよね。
山岸 - 弊社は多いと思いますね。そもそも日本は今後、しばらく人口が減り続けるので、海外から人材を調達しないわけにはいかなくなりますし。
松田 - そうなんです。それにこれからビザが緩和されれば、日本よりも経済的に遅れているとされるアジアの国々の人たちは、日本に来たいはず。距離的に近く、同じアジア人としての親近感もありますからね。そうなったとき、アジア人に関しては弊社がイニシアティブを取りたいんです。そして色んな企業様とトラブルが起きないように人材をご紹介し、定着するまでサポートしていきたいと思っています。海外進出においては翻訳・通訳のトラブルが一番多いため、そこを解決できる、翻訳・通訳からスタートした人材会社として、これからも成長していきたいと思っています。これは私が生きている間に完結する話ではないので、私がいなくなってからも50年、100年と会社が続いていけばいいですね。
山岸 - それは……、「インターネットを通じて世界をつなげる」、「100年続く企業」という、弊社のミッションとかぶっていますね! 私も、自分が生きている間にどこまでできるかと考えてみると、大したことはないなと感じていまして。
松田 - 私も似ているなと思っていました(笑)。でも、真似はしていませんよ(笑)。
山岸 - お話を聞いているうちに、同じ会社かと錯覚してしまいそうでした(笑)。今度、ゆっくり食事でもしながらじっくりと話したいですね。
松田 - それはぜひ!
山岸 - 松田さんをはじめ、海外で活躍している人って、日本の魅力を世界に伝えたいとか、色んな国の人同士が仲良くしてほしいとか、使命感を持っている人ばかりでとても刺激になります。松田さん、本日はありがとうございました!