問われる企業の倫理観「エシカルマーケティング」とは?
海外で重要視される「企業倫理」を理解する
1日に何件の広告に触れているか、意識したことはありますか?
世界中で毎年6500億ドル以上が広告費として消費され、米国をはじめとするデジタル先進国では、人々は毎日の生活の中で4,000~10,000個の広告にさらされていると、言われています。想像をはるかに超えるこの数字は、日本国内で生活する私たちも然り。デジタル社会で生きる私たちは、日々多くの広告と生活を共にしています。
こうした絶え間なく発信し続けられる広告やキャンペーンは、「私たち個人の価値観や個人を取り巻く世界の見方に大きな影響を及ぼしている」と言われています。
「ダイエット」と検索した10代の若者に「痩せよう・痩せよう・痩せよう」と呪文のように何度も広告を配信するキャンペーン、「宇宙ステーション」の動画を検索した人に「宇宙人侵略陰謀論」の動画をお勧めするアルゴリズム、興味関心で埋め尽くされ抜け出せないSNS画面など、持続不可能な製品やサービスの推奨、不健康な消費習慣への依存を高める製品であっても“マーケティング”は存分に活用されてきました。
そのため、海外では「マーケティング担当者は、必要のないものを、お金で買わせようとしてくるよね」なんて、ことも冗談半分で言われたりもします。しかし、逆を言えばマーケティングを効果的に活用することで、より良い製品やサービスを人々へ伝え、より良き方向へと社会を発展させる重要な役割を果たすことだってできるのが「マーケティング」ではないでしょうか。
そこで今回は、近年海外で提唱されている概念の1つ、「エシカルマーケティング」をご紹介します。倫理的なマーケティングの基本概要や、実践するために海外マーケターが意識すべきことなどを詳しく見ていきたいと思います。
目次
エシカルマーケティングとは?
「エシカルマーケティング」とは、単に商品やサービスの価値を訴求するだけでなく、企業の社会的責任や地球環境に対する「価値観・倫理観」に基づいたマーケティング施策を実行することです。
英語では『Ethical Marketing』という言葉で定義付けられています。
マーケティングとは売上に貢献する仕組みであり、各企業のプロモーション戦略に基づき組み立てられるものです。そのため、「エシカルマーケティング」は哲学に近い「概念」になります。エシカルマーケティングにおいては企業がマーケティング活動を行うプロセスの中で下記のような倫理観を持って取り組むことが求められます。
- 公平性、信頼性、透明性を重視したキャンペーンやコンテンツの制作
- 顧客と持続的に信頼関係を構築するために価値観や目標を共有する
- さまざまな意思決定を道徳的に健全な価値観の元で行う
「顧客に寄り添いながら倫理観を重視するマーケティングを実践することこそが最終的に自社の大きな利益やブランド価値向上をもたらす」という考え方です。
エシカルマーケティングの重要性
従来のマーケティングでは「消費者をいかに惹きつけ、商品をいかに魅力的に魅せ、売り上げに貢献できるか」に重点が置かれてきました。そのため人々に有害な可能性のある製品やサービスをであっても、(一部規制はあるものの)「人の興味関心」に向けたマーケティングを行ってきました。ご存じの方も多いと思いますが、「人間の興味関心の商品化」や「興味関心は誰の所有物か?」については、海外では長年多くの議論を生んできました。
そんな中、2008年のリーマン・ショックを起点に、欧米を中心とした「短期的な利益のみを追求する投資(市場原理主義)」への批判が高まりました。また、世界の多くの投資機関を中心に投資の指標の一つとして企業を評価するESGスコア(環境・社会・企業統治)や、ELSI分析(企業倫理・法律・社会的影響)が取り入れられ、「企業が社会に与える価値」が数値化されるようになりました。この潮流により、企業の業績や利益だけでなく企業の価値観・倫理観を評価することが、グローバルスタンダードへと変化していきました。
そして、「消費者ニーズ」も大きく変化しています。
NilsenIQの調査によると、ミレニアル世代(1980年~2000年生)の73%は「倫理的で社会的責任を重視するブランドから商品を購入する意思がある」と回答しています。また、Hotwireが実施した大規模調査では、世界のインターネットユーザーの47%が「価値観の違いによってブランドや製品を切り替えた」と回答。その理由は「環境保護・透明性の欠如・データセキュリティ」など企業倫理に関連した理由が大半を占めていました。
<eMarketer : Internet User Worldwide Who Have Switched a Product/Service >
つまり、単に企業の評価基準が変化しただけでなく、人々の消費行動自体も「優れた商品やサービスを手に入れたい」という物理的欲求を満たすだけではなく、「自らの購買行動を自分の価値観やアイデンティティを基準に考える傾向」が強くなってきていると読み解くことができます。
多くの消費者が同じ価値観を持つブランドや企業とのつながりを望み、ブランドを「取捨選択」する時代。
私たちマーケターは、消費者の価値観の高まりに注視し、海外マーケティングを実行する必要がありるのです。
エシカルマーケティングを実践するためのポイント
では、倫理的なマーケティングを実践するためにマーケターが意識すべきポイントをご紹介します。
- 透明性の確保
- 持続可能性(環境への配慮)
- 顧客のプライバシーとデータセキュリティ
- 誤解を招く広告を配信しない
透明性の確保
今日のマーケティングにおいて顧客が企業に求める最も基本的な要素の1つが「透明性(transparency/トランスパレンシー)」です。
顧客の信頼を失う決定的な要素は顧客に嘘をつくことです。過去にステルスマーケティングと呼ばれる虚偽的で顧客を欺くようなマーケティング手法が流行し、話題になりました。近年ではステルスマーケティングに該当するようなマーケティングは減少しましたが、真実味にかける数字や効果を大げさに訴求するマーケティングは現在でも巷にあふれています。このようなマーケティング手法に対して、既に世界中の多くのユーザーは辟易し、不信感を抱いています。
たとえ、虚偽ではなくても顧客の誤解を招くような表現も非倫理的なマーケティングに該当します。一度顧客の信頼を失うとそれを取り戻すことは容易ではありません。透明性の確保は今後のマーケティング活動において基本的であり、最も普遍的な要素の1つでもあります。
必要以上に過剰な謳い文句やキャッチコピーで顧客を困惑させない、サービスまたは商品に関する安全上の懸念について、最大限の情報を提供するなど「透明性の確保」を行いましょう。
持続可能性(環境への配慮)
2つ目の必須事項が持続可能性(環境への配慮)です。
英語では「Sustainability(サステナビリティ)」という言葉で表現されます。簡単な言葉に置き換えると「今が良ければいい」のではなく、長期的な視野を持って良い社会と自然環境を保ち続けることを目指した企業倫理や取り組みのことを示します。
2015年に国連によって「持続可能な開発目標(SDGs)」が掲げられて以降、消費者は個人の利益や恩恵だけでなく、環境保護へ配慮した消費活動を望む傾向が強まってきています。そのため、企業にも環境保護へ配慮をした生産活動やマーケティングが求められています。
単に「太陽光や風力発電にシフトすればよい、SDGsを唱えればよい」という単純な話ではなく、企業として「環境保護への配慮をどうするか」という意識が求められており、今後ビジネスを継続するうえで避けることのできない課題の1つとなるでしょう。
顧客のプライバシーとデータセキュリティ
2016年米大統領選挙でのイスラエル企業のCambridge Analyticaが実施したデータ収集が世界中で議論になったように、消費者は個人情報を含むデータ利用に対してより不信感を抱くようになっています。個人情報保護の観点から多くのブラウザがサードパーティCookieを削除するなど、企業のデータ利用の厳格化を望む声が多く上がっています。
マーケターは、自社におけるプライバシーポリシーやデータセキュリティに対する取り組みを強化し、適切に消費者に伝える必要があります。また、国ごとに個人情報保護法で定められている内容や方針は異なるため、海外マーティングに取り組んでいるマーケターは、関係する各国の個人情報保護法をしっかりと理解し、順守しましょう。
欧州連合(EU)ではGDPR、カリフォルニア州ではCCPA、中国ではサイバーセキュリティ法など、必要な対応は国ごとに全く異なります。どの国も共通している内容だろうと独断で認識することは避けて、各国の個人情報保護法を理解したうえでマーケティングを実施しましょう。
マーケティングのチャネルが多様化する現在、プラットフォームごとのルールに基づき個人情報を取得・管理する状態のままでは顧客のプライバシーとデータセキュリティが充分とは言えません。企業として顧客の情報の一元管理を行うための仕組み作りが重要となります。
海外マーケティングの「コンプライアンス」
~GDPR・中国サイバーセキュリティ法・CCPA~
誤解を招く広告を配信しない
倫理的なマーケティングを実践する上で、「誤解を招く広告を配信しない」ことは押さえておきたいポイントの1つです。前述したように倫理的なマーケティングには「透明性の確保」が必要であり、誤解を招く広告は、透明性を侵す行為になります。
具体的には下記のようなことを留意しながら広告を作成・配信を行いましょう。
- 商品やサービスにおいて過度の誇張を回避する
- 誤解を招くような商品/サービスの比較をしない
- 商品(サービス)の人気や品質について虚偽の記載を行わない
- 商品に関する主観的な主張を膨らませない
- 根拠やエビデンスが不完全なデータを提示しない
- 不足なく情報を伝える(例:医療機関により治療のリスク・副作用/金融サービスにおける利息や手数料など)
GoogleやFacebookなど大手広告プラットフォームも誤解を招く広告の記載内容に対する取り締まりや審査体制の強化に積極的に取り組んでいます。消費者に誤解を招くことなく、正しく商品やサービスの特長・メリットを伝えられる広告を作成し、配信することは倫理的なマーケティングを実践する上で必須事項です。
持続可能な取り組みを実践しているグローバル企業
パタゴニア
アパレルブランドのパタゴニア社は環境保護へ配慮した取り組みが有名な企業です。同社は1985年の設立以来、年間売上の1%を自然環境の保護や回復のために草の根環境保護団体に寄付する取り組みを行っています。
パタゴニア社の商品は競合のブランドに比べて決して単価は低くありませんが、ユーザーは同社が環境保護への取り組みを持続的に行っていることを理解したうえで商品を愛用しています。
スターバックス
世界最大のコーヒーチェーンであるスターバックス社も環境保護への配慮が有名な企業です。最近では2020年より全世界で順次実施されたプラスチックストローの全廃及びそれに伴う紙ストローの導入が話題になりました。紙ストローには、適正に管理された森林から生まれた「FSC認証紙」が使用されています。
同年、米国のスターバックス本社は2021年における創業50年を節目に新たな環境貢献ビジネスへの挑戦を計画中であることを発表しました。現時点で具体的に計画されている取り組み内容は下記の通りです。
- 店舗やサプライチェーンにおけるCO2(二酸化炭素)の排出量を50%削減
- コーヒー生産時と店舗経営時に使用される水の量を50%削減し、余剰分は水資源が不足している地域へ積極的に提供する
- 埋立地に送られる廃棄物を50%程度に抑え、循環型経済システムを形成する
この取り組みは、2030年までの達成を目標として掲げられています。
さいごに
エシカルマーケティングを実践することは、顧客が商品を購入する際の重要な選択基準である「ブランド力」に直結します。既に世界は持続可能な社会へシフトするというフェーズに突入しており、企業の社会的価値が評価される時代になりました。ビジネスの成長と共に、持続可能性への取り組みがない企業はグローバル市場では新しい市場機会へのアクセスを失うリスクさえあるでしょう。
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吉田 真帆 マーケティング部 プランナー
コンテンツ・SNS・メールマーケティングを統括しています。 オーストラリア永住権を取得したにも関わらず、思いもよらず日本に帰国。日本9年を経て、現在はシンガポールからフルリモート中。