デジタル・ウェルビーイングとは?
~マーケターが考慮すべき情報過多時代のデジタルとの健全な関係~
あなたは、1日に何回スマホでSNSをチェックしますか?
現代を代表するともいえるこのテクノロジーによって、私たちは常に最新の情報にほぼ無料でアクセスできるようになりました。しかし、その一方で多くの問題が生じ始めているのも事実です。
スマホ・SNSから絶え間なく押し寄せる情報の波にどう対処していいのかわからなくなっている人。常に最新の情報に触れていないと心配になってしまう人。そう感じる人が、いま世界中に溢れています。
カリフォルニア大学バークレー校の研究によると「情報にアクセスして新しい情報を得ること」は、お金や食べ物を欲するのと同様に、ドーパミンを生成する脳内の報酬系システム( brain’s dopamine-producing reward system)が作用すると判明しました。「写真にタグ付けされたという通知がたまらなく気になる」、「常に最新の情報に触れていたい」という欲求は、脳にとって「おやつ、お金、麻薬」と同様の作用をもちうるというのです。
<Schematic illustration of decoding analysis>
インターネットが登場した1970 年代半ばには、「ネット上の情報量の増加」が人間の意思決定の質を向上させることがわかりました。一方、最近になり情報量が一定の基準を超えた場合、人間の脳に深刻な負担がかかる可能性があることもわかってきています。そうしたなか、世界では「デジタル情報を遮断する取り組み – Digital Detox Challenge」が一種のムーブメントとなってきています。情報溢れる現代で、人々はデジタルとの向き合い方を変化させようとしている動きが起こっています。
一方私たちマーケターは、デジタル広告やSNSを駆使してコンテンツを発信し、常に消費者を刺激もしくは心を動かして「行動を起こさせる」ことが求められています。この「脳は情報を欲する → 疲弊する → 情報を強制的に遮断する」という歪な消費行動が明らかになってきている現代において、私たちはどのように「情報」を発信し、どのようにユーザーと向き合うべきなのでしょうか?
今回は、情報過多の今の時代に私たちマーケターが考えるべき「デジタルウェルビーイング」とは何か?を考えていきたいと思います。
目次
- 「デジタル・ウェルビーイング」とは?
- 増え続ける世界のインターネット人口
- テクノロジーの進化が健康に与える影響
- 企業発!デジタル・ウェルビーイングの取り組み
- デジタルウェルビーイングを損なわないマーケティング戦略
- さいごに
「デジタル・ウェルビーイング」とは?
デジタル・ウェルビーイングとは、情報溢れる現代社会において、デジタルテクノロジーを活用することで、心・身体ともに健全な関係を維持し、ネット情報やデジタルテクノロジーは、私たちの生活を脅かすのではなく、人間のQOL・幸福度を高めるものでなくてはならないという概念です。
では、加速する情報化社会において「QOL・幸福度を意識しながら、デジタルやネット情報とうまく付き合って人間らしく生きる」とはどういうことでしょうか。まずは、世界のインターネット利用状況をみていきましょう。
増え続ける世界のインターネット人口
2022年1月の時点で世界のインターネットユーザー数は49億5000万人を突破し、世界人口の62%以上が常にインターネットにアクセスしている状況です。SNSに関していうと、世界のソーシャルメディアユーザーは46億2000万人。世界人口の58%以上が日常的にSNS・ソーシャルメディアを使用していることになります。(2022年1月時点)<Hootsuite/We are social 2022>
Googleの調査では、米国の成人は1日約6時間をオンラインメディア上で過ごし、平均で1日50回、若者にいたっては1日80回もスマホをチェックしているそうです。1995年から2000年代以降に生まれたジェネレーションZ世代は、スマホやSNSをはじめ、生まれた時からデジタル情報に触れ続けているため「現実世界と仮想世界の境界線が曖昧になっている」と懸念されています。
もはや私たちの日常生活は、「インターネットなくしてはあり得ない」といえるほどデジタルに密接に結びついた状況にあるといえるかもしれません。ビジネス・仕事においても同様です。新型コロナウィルスによるリモートワークが世界的に進んだこともあり、業務の大部分がオンライン上で完結するようになりました。プライベートでも、ビジネスでも、もはや私たちの生活はデジタルから切り離せない状況になっています。
しかし、冒頭でもお話したようにデジタル化が加速するにつれ「デジタル情報の消費」が、人間にとって不健全なレベルにまで達しているケースも見受けられるようになりました。
テクノロジーの進化が健康に与える影響
インターネットは働き方を変化させ、友人や家族とのつながりを保ち、暇な時間を何時間でも楽しませてくれます。しかし一方で、人々は常に大量のネット情報に晒され、大量のWEBコンテンツに五感を刺激され続けています。
カリフォルニア州立大学名誉教授ラリー・ローゼン氏の著書『The Distracted Mind: Ancient Brains in a High-Tech World』では、テクノロジーの進化による情報過多は「知覚、意思決定、コミュニケーション、感情のコントロール、記憶など、思考のあらゆるレベルに影響を与える。」と述べています。人間の脳は大量の情報処理によって「疲労感・物忘れ・燃え尽き症候群」など様々な身体的・精神的な問題に繋がる可能性があるのです。
また、1844年に設立されたアメリカで最も古い医師会であるアメリカ精神医学会(APA)の研究結果によって、米国人の38%が「SNS・ソーシャルメディアが精神的、感情的な幸福にマイナスの影響を与える」と感じていることがわかっています。ちなみに「プラスの影響がある」と答えたのは、たったの「5%」でした。
「Digital Detox」や「Digital Overload」という言葉が生まれていることが示唆するように、「本来人々を幸せにするためのテクノロジーが、逆に人々は不幸にしているのではないだろうか?」そんな疑問すら浮かんできてしまいます。
そんな矛盾する疑問に対して、世界の企業によって「デジタルウェルビーイング――デジタル・ネットとの健全な付き合いを通じた幸福――」の実現に向けて様々な取り組みが行われています。
世界のテック企業発
デジタル・ウェルビーイングの取り組み
現在、デジタル ウェルビーイングは全世界の人々にとって重要な関心事です。Google や Apple などの世界を牽引するハイテク企業は、デジタル ウェルビーイング実現のために自ら率先して多くの対策を行っています。
Googleは、Android OS にデジタルウェルビーイングを日常的に取り入れることができるアプリを多数リリース。通知設定を非表示にしたり、ユーザーが自らのWEB活動状況を把握できるような機能を実装。また、セッションを通じてデジタルウェルビーイング習慣の会得をめざす無料のデジタルウェルビーイングコースも用意されています。
また、YouTubeは「Take a Break ( 休憩をしましょう)」通知を導入。その他、Gmailにもデジタルウェルビーイング向上のための機能が実装されるなど、企業としてデジタル・ウェルビーイングの問題に取り組んでいます。
Appleは、「スクリーンタイム(Screen Time)」機能を導入。「携帯電話をどれほど使用したかを可視化できる機能」や「保護者向けに子供がオンラインで消費した時間を把握できる機能」をすべてのiPhoneやiPadに導入しています。
Instagramは、デジタル ウェルビーイングを促進するために「いいね」の非表示機能のテストを実施しています。2019年に米国から始まったこのテストは、カナダ、アイルランド、イタリア、ブラジル、オーストラリア、ニュージーランドと地域を拡大しており、2021年4月から日本でも試験的に導入されています。今後Facebookも同様のテストを実施する予定です。
デジタルウェルビーイングを損なわないマーケティング戦略とは?
インターネット上の情報が増えれば増えるほど、消費者はその情報を拒絶するようになるという調査結果もあります。Statistaの調査によれば、2019年には広告をブロックするユーザーは全世界で7億6350万人にのぼると報告されました。「あふれる情報のなかからユーザーが情報を選びぬく」時代ともいえます。言葉をかえれば、企業側からしても、ただ闇雲に情報を発信するだけでは、人々の心を捉えることが難しくなってきているのです。では、マーケッターはどのようにしてブランド・メッセージを消費者に届けるべきなのでしょうか?
ユーザーの「価値観」に基づくコンテンツを重視する
インターネット上には「似たような商品・サービス」が無数に存在し、普通のやり方をしても全ての商品が同じように見えてしまいます。消費者がわざわざ画面のスクロールを止めて、画面を見ることに価値があると感じてもらう必要があるのです。ユーザーが「情報の押し付け」だと感じるようなコンテンツではなく、ユーザーのニーズを起点とすることで、ユーザーの価値観に訴えかけるような「対話型のコンテンツ」を意識しましょう。消費者の感情を揺さぶる、価値観主導のコンテンツを活用することは、メールで割引キャンペーンをお知らせするよりも価値があるのではないでしょうか?
「オンライン」だけでなく「オフラインチャネル」も活用する
「オンラインマーケティング」だけではなく「オフラインでのマーケティング活動」を継続すれば、仮に消費者がデジタルデトックス(ウェブ活動を断つこと)を行ったとしても、ブランドの信用性を維持することが可能です。また、ブランディング・マーケティング活動が特定のSNSだけに限定されている場合、ユーザー「ログアウト」してしまうとブランドとの関係はそこで途切れてしまいます。オンライン・オフライン両方を活用することで、ユーザーと途切れることなくコンテンツを共有していきましょう。
企業例:KFC “ Phone Stack ”キャンペーン
ケンタッキーフライドチキン(KFC)の取り組みは、「デジタルウェルビーイング実現」に向けた企業の取り組みとして象徴的な例といえます。KFCはこのキャンペーンのためにゲームアプリを開発し「食事中は携帯を置くこと」を促しました。スマホを置いた時間数に応じて、ユーザーにポイントを付与する仕組みで、そのポイントはフライドチキンやポテトなどのKFC商品購入に使える仕組みとなっています。
ご飯を食べるときは、スマホを置いて、家族や友人との会話を楽しみ、料理を楽しむ。「昔は当たり前だった風景」が当たり前ではなくなった現在において、世界中の多くの人々の心を掴んだ素晴らしいキャンペーンです。
まとめ
テクノロジーの進化は、実にさまざまなことを人類にもたらしました。しかし、今回ご紹介した「デジタルウェルビーイング」という概念の登場が指し示すように、実は「テクノロジー進化 = 私たちの幸せ」と直結するわけではないことも最近分かってきました。全世界の人類にとって持続可能な社会をめざしていくにあたり、人間とテクノロジーの関係を見直しながら、「本当の繁栄・幸せとは何か?」を再考する時期に来ているのかもしれません。
新時代のメガトレンドともいえる「デジタルウェルビーイング」。こうしたトレンドを踏まえて、SNSをはじめとするグローバル・マーケティング戦略を練ることを私たちは大切にしています。日本から海外に向けたSNSマーケティング立案にお困りでしたら是非ともお声掛けください。
吉田 真帆 マーケティング部 プランナー
コンテンツ・SNS・メールマーケティングを統括しています。 オーストラリア永住権を取得したにも関わらず、思いもよらず日本に帰国。日本9年を経て、現在はシンガポールからフルリモート中。