「共感」に基づくマーケティング
~企業と顧客の感情的なつながり~
近年、消費者の購買行動は、単純に「優れた商品やサービスを手に入れたい」というだけではなく、企業やブランドとの「人間的な繋がり」を求めるものへと変化しています。特に、今後世界の消費を担う「若者世代」は、企業やブランドと人間的な繋がりを求め、自身の価値観やアイデンティティと共鳴する商品やブランドを支持する傾向が強まってきています。このような時代変化のなか、「SNSを使って情報発信をすれば良い」「広告を打てば集客につながる」という従来のマーケティング手法では、顧客に選んでもらうことが難しい時代に突入しています。
企業は顧客との繋がりを築くための新たな戦略を模索する必要があります。その鍵となるのが、「共感」に基づくマーケティングです。共感に基づくマーケティングは、顧客との感情的な繋がりを構築し、顧客中心なブランド作りを実現する重要な戦略です。
本記事では、共感マーケティングの概念、具体的な施策や方法、そして共感マーケティングを実践している海外企業の取り組みをご紹介します。
目次
「共感」とは?
「共感」とは 【人々の欲求・ニーズ・視点に共感して理解する能力】 であり、心の知能指数(EQ)の重要な要素と考えられています。
アメリカの著名な心理学者 ダニエル・ゴールドマン氏は、著書「“Emotional Intelligence – Why It Can Matter More Than IQ”(心の知能指数‐なぜIQより重要なのか)」の中で、「共感」を5つの主要な構成要素の一つとして定義しています。ゴールドマン氏は、「共感」は人間関係を構築し、維持するために極めて重要であり、リーダーが持つべき重要なスキルの一つであると述べています。
「共感」には、以下の3つの段階に分けられます。
- 認知的共感(Cognitive Empathy):他人の感情を認識する能力。表情・身振り・声のトーンなどから、その人の感情を正確に把握すること
- 感情的共感(Emotional Empathy):相手の感情を読み取り、自分でもある程度経験することができる能力です。例えば、相手が悲しみの中にいる場合、相手の悲しみを分かち合うことができると言った能力のこと。単なる知的理解よりも深いレベルの共感
- 思いやり型共感**(Compassionate Empathy):相手の気持ちを理解した上で行動を起し、助けたい、支えたいという衝動にかられる感情状態で最も高いレベルの共感
**Compassionate Empathyの正式な日本語訳がわからなかったため、「思いやり型共感」と訳していますが造語ですのでご注意ください。日本語力が無くて、すみません。。。
「共感」に基づくマーケティングとは?
共感に基づくマーケティングとは、顧客視点に立ち、顧客の「思い・感情・ニーズ」に寄り添うことで、顧客と良好な信頼関係を構築し、ブランドへの愛着心・信頼関係を育むマーケティング手法です。
従来の一方的な情報発信や広告は、商品やサービスの機能やスペックを訴求することに重きを置いていました。一方、共感に基づくマーケティングでは、企業の価値観やストーリーを伝え、顧客との感情的な繋がりを構築することで深い信頼関係を築き、ブランドロイヤリティを高めることを目指します。
顧客を単なる購買者として捉えるのではなく、”ひとりの人間”として捉え、顧客感情に耳を傾け、双方向的なコミュニケーションを重視した顧客目線のアプローチを重要視します。さらに言えば、単発の施策だけでなく、オンライン・オフライン含めた、あらゆるキャンペーンを通して一貫したブランドイメージを構築していくべきといった概念です。
「共感」に基づくマーケティングが重要視されるようになった背景
マーケティングにおける共感が重要視されるようになってきた背景には、いくつかの重要な要因があります。
消費者ニーズの変化
近年、こうした消費者のニーズは「体験」を重視する方向へ変化しています。これは、物質的な豊かさを享受した人々が、より精神的な満足を求めるようになったためと考えられます。
消費者は単に価格や機能だけでなく、ブランドのストーリーや価値観に共感を求めるようになっています。情報過多の時代において、消費者は信頼できる情報やブランドを求めており、特に若者世代では、自分自身の価値観に合致するブランドや商品を選びたいという意識が強くなる傾向があるようです。
企業の社会的責任への関心の高まり
世界的に急速に発展したインターネット社会によって、消費者は常に膨大な情報にアクセスできるようになりました。そのため、製品・機能・価格だけでなく、ブランドストーリーや企業理念、社会的取り組みなど商品やサービスの「背景」にまで目を向けています。さらに、企業やブランドに対して「環境的責任・社会的責任」を問う姿勢が強まってきています。
インターネットが発達し、モノ・情報が溢れた現代社会を生きる私たちは、「この商品を購入することで何に貢献できるのか」「このブランドは自分の価値観を体現するにふさわしいのか」など、商品の向こう側にあるものを推し量る傾向が強まってきているのです。
情報過多な時代の消費者心理
近年では、米国をはじめとするデジタル先進国では、日常生活の中で1日4,000~10,000個の広告にさらされていると言われています。人々は興味のない情報に触れる機会が増えており、広告や一方的な情報発信にストレスを感じる人も増加しています。
Forresterのレポートによると、BtoB企業の65%は「企業からのメッセージが多すぎる」と回答しています。企業が発信する一方的な情報に対する「ユーザーの受け取り方」に変化が訪れた点も共感マーケティングが重要視されるようになった要因の一つです。
ソーシャルメディアの台頭
Facebook、Instagram、YouTube、TikTokなどのさまざまなSNSの普及により、企業と消費者との双方的なコミュニケーションが容易に行えるようになりました。企業はソーシャルメディアを通じて消費者のダイレクトな声を聞くことができるようになり、消費者もソーシャルメディアを通じて、企業の内情や価値観を容易に知ることができるようになりました。
企業と顧客の距離が近くなったことも、共感に基づくマーケティングが重要視されようになった背景の一つです。
「共感」を取り入れた秀逸なキャンペーン・ブランドの取り組み
単なる商品やサービス以上のものを求める現代社会において、人々から共感を得て、心を動かすことに成功したキャンペーンやブランドの取り組みをいくつかご紹介します。
Apple:「Behind the Mac」キャンペーン
Appleが2018年から展開している「Behind the Mac」キャンペーンは、Macが単なるコンピュータではなく「創造性や可能性を解き放つツール」であることを情熱的に伝えた、秀逸な動画キャンペーンでした。
このキャンペーンでは、ミュージシャン、写真家、デザイナーなど、多様な分野で活躍するクリエーターたちが、どのようにMacを活用して創造性を表現し、夢や目標を実現してきたかを語っています。
このキャンペーンは、単に商品の魅力を伝えるだけでなく、製品の背後にいる人々の情熱的・感動的なストーリーに焦点を当てることで、消費者に情熱と夢に向かって行動する勇気を与え、多くの人々から高い支持を得るキャンペーン施策となりました。この動画は、視聴者のポジティブな感情を呼び起こしたのです。
アメリカで始まったこのキャンペーンは、イギリス・カナダ・オーストラリア・日本と、瞬く間に各国で展開されています。
1997年にジョンレノン、アルバート・アインシュタイン、キング牧師などの革命家を取り上げた伝説のキャンペーン「Think Different」以来、Appleでは一貫したブランド戦略が続けられていると感じられる作品(キャンペーン)です。
eBay:「Up & Running」
世界190カ国以上の国や地域で世界最大級のオンラインマーケットプレイスを展開する eBay は、新型コロナウイルスの影響により休業を余儀なくされた中小企業の販売業者に対し、スムーズにオンライン販売に移行できるように設計された特別プログラム「Up & Running」を立ち上げました。
このプログラムでは、eBayストアを3ヶ月間無料で提供し、ブランドを構築のためのアドバイス、カスタマイズ機能やマーケティングツール・広告ツールの利用が可能なほか、配送割引などを実施しました。総額1億ドル以上の支援を行い、休業に直面した多くの中小企業の救済支援に取り組みました。
中小企業にとってオンライン販売への参入障壁を低減し、新たなビジネスチャンスを創出する貴重な機会を提供したこの取り組みによって、eBayはブランドイメージを向上させ、顧客(販売業者)との強い信頼関係を築くことができたことを示しています。
LUSH:「 How It’s Made」
1994年にマーク・コンスタンティン氏とモー・コンスタンティン氏によって英国で設立された「LUSH」は、バス用品やスキンケア用品を製造・販売しているブランドです。LUSHは、創業当時から一貫して「倫理性」を強く意識した企業運営とマーケティングを実践している企業です。
自社の製品がどのような原料で、どのように製造されているかといった消費者の疑問を解決するために、「How It’s Made」という動画キャンペーンを展開しました。
映像では工程の多くが手作業で丁寧に作られており、どの石鹸も倫理的に調達された自然由来の成分の石鹸であることがわかる内容となっています。顧客の疑問を解消し、商品の特徴を顧客に正しく伝えるLUSHの取り組みは、顧客のニーズに寄り添い合致したマーケティング施策でした。
2021年、当社は「SNSプラットフォームは安全にユーザーが使える環境が整っていない」という理由から、Facebook、Instagram、TikTok、SnapchatなどのSNS利用を停止することを決断しました。 当時、Instagramのアメリカアカウント単体で400万人を超えるフォロワーを擁していたことや、15億円ほどの損失見込みがあったことを考慮すると(失神しそうなほど)大胆な決断でしたが、「顧客の安全を最優先した選択である」と、さらに多くのファンから支持を得て、顧客との信頼関係をさらに強める結果となりました。
LUSHでは、動物実験を行わない・環境に配慮した素材を使用するなど、倫理的な経営を徹底しています。単なる商品販売にとどまらず、顧客に喜びや感動を与える体験を提供することで、顧客との強い信頼関係を築いています。
さいごに
共感に基づくマーケティングは、顧客の「思い・感情・ニーズ」に寄り添うことで、顧客との信頼関係を築き、ブランドへの愛着を高めるマーケティング手法です。共感に基づいたアプローチこそが、未来の顧客体験を創造し、顧客中心なブランド作りを実現するための鍵となります。
単に良い商品・サービスだけでなく、企業の価値観や取り組みなどが重要視される昨今「数ある世界のブランドのなかで選んでもらい、ブランドを愛してもらう」ために必要となるグローバルマーケティングにお困りでしたら、ぜひインフォキュービック・ジャパンにお声掛けください!
吉田 真帆 マーケティング部 プランナー
コンテンツ・SNS・メールマーケティングを統括しています。 オーストラリア永住権を取得したにも関わらず、思いもよらず日本に帰国。日本9年を経て、現在はシンガポールからフルリモート中。